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浦和地方裁判所熊谷支部 平成6年(ワ)154号 判決 1997年3月27日

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対し、金二四四七万一八一二円及びこれに対する平成六年一月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野花子に対し、金二四四七万一八一二円及びこれに対する平成六年一月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その二を被告の、その余を原告らの各負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  被告は、原告甲野太郎に対し、金五七五六万二三一五円及びこれに対する平成六年一月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野花子に対し、金五七五六万二三一五円及びこれに対する平成六年一月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、自宅近くの池に転落して死亡した五歳と二歳の幼児の両親がこの池の所有者に対して民法七一七条一項に基づく損害賠償金の支払いを求めた事件である。

一  争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実

1 原告甲野太郎(昭和二八年七月五日生、会社員、以下「原告太郎」という。)とその妻である原告甲野花子(昭和四一年一一月一日生、主婦、以下「原告花子」という。)の長女甲野春子(昭和六三年六月一六日生、以下「春子」という。)と長男甲野一郎(平成三年三月九日生、以下「一郎」といい、春子と一郎を合わせて「本件子供ら」又は単に「子供ら」という。)は、平成六年一月九日午後二時三〇分頃、原告らの肩書住所の自宅から六〇メートル足らずの距離にある被告(農業)所有の埼玉県大里郡寄居町《番地略》の土地(現況は一部田(休耕田)、一部畑、登記簿上の地目は畑)内の池(以下「本件池」という。)に転落して死亡した(この事故を以下「本件事故」という。)。

2 右四〇一八番の土地の位置関係は、別紙甲第三号証(公図の写し)の写しに記載のとおりであり、本件池は、この土地の東側の角の部分にあり、同土地の東北と南東に隣接する各道路の交差点のすぐ脇に位置していた。

3 本件事故について報じた事故の翌日の朝日新聞と読売新聞の各記事の中では、本件池は「農業用ため池」で、その大きさは、「縦四・六メートル、横三・五メートル、水深一・四メートル」と記載されていた。

4 別紙原告説明図は、原告が本件事故当時における本件池の形状及び付近の状況を説明する目的で作成した図面の写しで、この図面中に表示されている各寸法は原告花子が自ら実測したものである。

5 本件池の付近一帯は、準住宅地域で、近時住宅が多数築造され、被告の貸家も数軒作られた。本件池から最短距離にある住宅までは、三一メートルしか離れていない(別紙原告説明図参照)。

6 本件池には柵や金網等の防護設備はなかった。

7 そして、道路と池の入口は、道幅が三メートルないし四・三メートルであるのに、池に入る道は四メートル一〇センチで、道路との高低差はなく、自然に本件池の側までに入り易く、近づきやすいようになっている。

8 被告は、本訴提起時(平成六年四月一五日)から二年位前に、本件池の道路側とは反対側の縁を丸いコンクリート製ヒューム管で囲った。

二  争点

1 本件池は、農業用溜池と認められるか。

(一) 原告らの主張

本件池は、農業用溜池であり、民法七一七条一項にいう「土地の工作物」に該当するものである。

(二) 被告の反論

被告は、当初、原告らの右主張事実を認めたが、よくよく調べてみた結果、本件池は、「土地の工作物」ではなくて、いつの時代かに自然発生的に生まれた湧水による池であることが判明した。即ち、

(1) 本件池の裏(奥)にある山からの地下水が湧水となって地上に流れ出て、土砂を浸食して、長年の間に池になったもので、それを農業用水として、被告の先々代が利用し出したのが明治四〇年頃で、本件池のある場所と水田との間に段差があるのを利用して(池の方が高い位置にある)池の下に細い土管を通して池の水を水田の方に引いたのである(前被告代理人の熊木弁護士は、「農業用水として土管を通して利用し始めたこと」を「本件池を設置した」ものと勘違いして、原告主張の本件池は農業用溜池であるとの事実を認めるとの認否をしたが、これは錯誤によるものであった。)。

したがって、本件池は、用水などを溜める溜池ではなく、自然の湧水が溜まった池であるから、「土地の工作物」には当たらないものである。

(2) その後、右通水のための土管は、池の底の土砂が詰まるなどして用をなさなくなり、被告の時代には、ポンプで汲み上げるか、水桶みたいなもので汲むなどの方法で利用していた。

そして、十数年前に本件池の周りの土砂が浸食されて、池が大きくなっていくので、被告は、池の周囲にコンクリート製ヒューム管を埋めて、浸食を食い止めたのであるが、このヒューム管の埋設によって本件池が工作物に変質・変化したわけではない。

(三) 原告らの再反論

別紙原告らの平成七年九月四日付け準備書面の写しに記載のとおり

2 被告には本件事故による被害者の損害を賠償すべき責任があるか。

(一) 原告らの主張

(1) 主位的主張

ア 本件池は、被告の占有かつ所有下にある土地の工作物である。

イ 本件池の付近は、幼児が多く、小学生もよくここに来て遊んでいた。

ウ 原告らの調査によると、本訴提起日(平成六年四月一五日)から八年前頃、本件池近くの被告の貸家に住んでいた当時小学校二年生の乙山三郎が、この池に落ちたこともあった。

エ また、毎日犬の散歩に来る六〇歳位の男性が本件池に落ちたり、放し飼いの犬が度々本件池に落ちており、本件池は極めて危険な工作物であった。

オ 本件池は、その縁を土管で囲まれたことによって、更に滑りやすくなった。

カ 本件事故の時は、氷が張り、泥が混じり、付近を歩けば、足を取られ、滑り、直ちに水中に転落することが大となる極めて危険な状態であった。

キ 本件事故当時、右危険を防止するに足りる柵、蓋等の安全設備は設けられていなかったが、こうした安全設備の設置費用はさほどかかるものではない。

ク 要するに、本件池は、構造上、人が転落して、生命、身体を害される危険性が極めて高く、転落する恐れのある人がそれに接近することが通常予想される場所にあり、こうした危険と立地条件にありながら、本件池には、なんら事故防止設備が備えられていなかった(直接の証拠はないが、一郎が本件池に落ち、春子が助けようとして、これまた、池に落ちてしまったのではないかと推測するに難くない。)。

ケ 右のごとく安全設備が設けられていなかったことは、土地の工作物たる本件池の設置又は保存に瑕疵があったものというべく、春子と一郎の転落死は、この瑕疵に起因するものであった。

コ したがって、被告は、民法七一七条一項に基づき、本件事故によって春子、一郎及び原告らが被った後記損害を賠償すべき責任がある。

(2) 予備的主張(民法七〇九条による責任)

(一) 仮に、本件池が、土地の工作物たる農業用溜池ではなく、湧水池であったとしても、本件池は、被告の所有地内にあって、先祖から被告に至るまで約九〇年の長きに亘り、池水を潅漑用として利用し、特に被告は、そのために土管を埋設したり、時にはポンプを用いて池水を吸い上げるなどのほか、周囲の土崩れを防止するため、池の周りをヒューム管で囲むなどの工作を加え、本件池をいわば潅漑設備として利用し、その保存管理に当たってきたのであるから、被告には本件池によって生じる人的物的被害の発生を未然に防止すべき義務がある。特に、本件池は、一般道路に接していて、何人でも近付くことができる状況にあり、特に幼児が衝動的に近寄って転落する危険性は極めて大であり、かくては、人命を失うであろうことは十分予見し得るものであった。

(二) 現に八年前に近所の乙山某の子供が本件池に落ち、また、昭和六一年には、丙川松子の子供が同様に転落したことがあり、幸いにも二人とも命に別条はなかったものの、本件池は危険極まりない存在である。

被告も、材木屋の事務員から、「池だとか田んぼの落差とか危ないところだから立て看板をしたほうが良い」との忠告を受けて、立て札を立てたりしていて、人身事故の発生を予見していたのであるから(予見していなかったとすれば、それ自体重大な過失である。)、被告としては、かかる事故を未然に防止するためには、池の周囲に幼児が乗り越えることができないような柵を設けるとか、或いは高くて登れないような土手を築くとか、更にはオフシーズンには池全体をシートカバーで覆ってしまうとか、池の水を抜いて水量を減らし、幼児が落ちても命を失うことがないようにするなど危険防止につき十分な対策を講じるべきであった。しかも、これらの防止対策にかかる費用は池の大きさからしてさしたるものではないはずである。然るに、被告は、道路端に立入禁止の立札を立てたのみで(幼児には意味不明である。)、本件池を漫然放置していたのであるから、この点で、被告には管理上の過失があり、しかも、その過失は重いものであるといわざるを得ない。

(三) 被告のかかる重大な過失が原因で幼児二人の生命が奪われたのであるから、被告は民法七〇九条により、本件事故による子供ら及び原告らの損害を賠償すべき責任がある。

3 本件事故による子供ら及び原告らの損害額

(原告らの主張)

(一) 春子の損害

(1) 過失利益 二二九七万六五一六円

平成六年の賃金センサス女子労働者全年齢平均額三二四万四四〇〇円、生活費控除率三〇パーセント

計算式

(2) 葬儀費用 一二〇万円

(3) 病院代 一万四六六〇円

(4) 慰謝料 二二〇〇万円

(5) 右(1)ないし(4)の合計 四六一九万一一七六円(原告らが二分の一ずつ相続)

(二) 一郎の損害

(1) 逸失利益 二九二二万二〇九一円

平成六年賃金センサス男子労働者全年令平均額五五七万二八〇〇円、生活費控除率四〇パーセント

計算式

(2) 葬儀費用 一二〇万円

(3) 病院代 四万五四九〇円

(4) 慰謝料 二二〇〇万円

(5) 右(1)ないし(4)の合計 五二四六万七五八一円(原告らが二分の一ずつ相続)

(三) 原告太郎の固有の慰謝料 三〇〇万円

(四) 原告花子の固有の慰謝料 三〇〇万円

(五) 弁護士費用

(1) 原告太郎の相続分と固有の慰謝料の合計額 五二三二万九三七八円

弁護士費用(右金額の一割) 五二三万二九三七円

(2) 原告花子の相続分と固有の慰謝料の合計額 五二三二万九三七八円

弁護士費用(右金額の一割) 五二三万二九三七円

(六) 以上損害額の合計額 一億一五一二万四六三〇円

内原告太郎分 五七五六万二三一五円

内原告花子分 五七五六万二三一五円

4 過失相殺の抗弁の当否

(一) 被告の主張

仮に本件事故について被告に損害賠償責任があるとしても、本件事故は、本件池が極めて危険であるということを知っていたという原告らには、幼児の監護(監督)義務者として、子供らの動静に十分留意し、危険な場所へ近づくことのないよう注意すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったことによって発生したものであり、この過失が本件事故の主要な原因なのであるから、損害賠償額の算定に際しては大幅な過失相殺がされるべきである。

原告らの監護(監督)義務違反について説明すると次のとおりである。

(1) 原告らは、常日頃から子供らを親が付き添わずに、外で遊ばせていた。子供というものは、常日頃、親がうるさく注意して、子供らだけで外に遊びに行くことを厳しく禁止し、また外に行くときは必ず親が一緒に行くようにしていると、子供自身がこわがって、決して自分らだけで外に飛び出すということはない。児童心理学的に言ってもそうである。

だから、日頃の躾が大事なのである。

原告花子はその本人尋問の中で、ちょっと目を離した隙に子供らが勝手に外に飛び出して、本件事故にあったと述べているが、それは、まさに、子供らが外で自分らだけで遊ぶのに馴れていたこと、十分に土地勘もあったことを物語るものであり、語るに落ちるというべきなのである。

(2) 本件池は、出来てから何百年になるか分からないが、その間に人間が落ちたということを聞いたこともないし、ましてや本件事故のようなことは皆無であった。

(3) 昔から寄居に住んでいる者は、自然の恐ろしさを十分に知っており、本件池の周囲には、川もあれば、マムシも出るという、ある意味では恐い場所である。

(4) 土地の人達は、右のことを知っているから、決して幼い子供たちだけでは外で遊ばせない。

だから事故も起きないのである。

(5) 町から引っ越して来たばかりの原告らは、自然の恐さを知らないから、町の公園で子供を遊ばせる感覚で、子供らを自由に遊ばせていた結果が、本件事故を惹起させたのである。

(6) 被告は、本件池が少なくとも自然の池という感覚しかないから、つまり、自分が物心ついたときは、既にあるし、親からは自然の池としか聞かされていないから、何らの警戒心もなく、危険性の認識もない状態で生活してきたのである。

(7) それが、ある日、まさに青天の霹靂のごとくに、原告らの監督不行届きによって本件事故が発生したわけである。

(8) 母親が子供らについてさえいれば、絶対に本件事故は起こり得なかったのである。

(9) 原告らの不注意によって、本件事故が発生し、そのために善良なる市民である被告の生活は、まさに奈落に落ちんとしている。崩壊寸前である。

(10) そのような理不尽が許されるであろうか。

(11) 原告らの責任こそ、極めて重大というべきであり、本件においては、九割以上の過失相殺がされるべきである。

(二) 原告らの反論

(1) 土地の工作物責任は、故意過失を必要としない危険責任を内容とし、土地の工作物に内在する危険性に着目して工作物の設置保存に瑕疵さえあれば一〇〇パーセント責任を負うべきものとされる。このように一般の不法行為と違い、故意過失を不要とするということは、過失相殺を適用するに当たっては、被害者の過失を一般の不法行為の場合よりも少なくみようという趣旨にほかならない。即ち、一般の不法行為にあっては、被害者の過失を五〇パーセントとすべき場合でも、工作物責任の場合には二〇パーセントと評価すべきものなのである。

(2) そこで、子供らの監督義務者である原告らに過失があったか否かが問題となるが、

ア 母親である原告花子は、平成二年九月に引っ越してきてからは、近くに剥き出しの本件池があることは熟知していたし、この付近一帯は坂道が多く、しかも、かなり曲がりくねっていて、迷い子や交通事故の心配もあり、また、雑草の覆い茂る荒地や溝などがあることから、危険が多いので、子供らは終日室内で遊ばせるようにして、玄関には鍵をかけておき、外に出すときは花子が必ず付き添って、庭でブランコなどで遊ばせ、道路の方に出ることはなかった。

子供らが幼いときは、二人とも、単独で鍵を開けることも、重たいドアを開くこともできなかったので、その点では安心であった。

しかし、上の子が五歳になって、平成五年秋頃からは、一人で鍵を開け、ドアを開披できるようになってからは、原告花子は、細心の注意を払って子供らの動向を注視し、庭に出たときは直ぐに連れ戻して室内で遊ばせていた。そして、原告花子は、上の子には庭から外には絶対に出ないよう口が酸っぱくなるほど言い聞かせ、時には折檻をしても分からせるようしつけていた。

特に、本件池については、「落ちたら死んでしまうよ」と何度も何度も言い聞かせていた。

イ 本件事故の当日は、昼頃新聞勧誘員が来て、玄関口で話をしている間に、開け放しのドアから子供らが庭に出て行ったので、子供らを連れ戻し、勧誘員が帰った後、子供らと昼食を共にし、食器を洗っていたところ、子供らが庭に出て行ったので、急いで洗い物を済ませて、連れ戻そうとしたほんの一瞬目を離した隙に、子供らが、外に行ってしまい、本件事故となったものである。

ウ 証人伊藤末吉は、原告らの子供らが親の付添いなく本件池の周囲で遊んでいたのを一年のうち一〇回位見た、それは犬の散歩中のことで、朝五時から六時か、又は午後三時から四時の間であるということや、子供らに注意したということを証言し、証人堤千鶴も、平成五年一〇月頃、子供らだけで午前中一杯遊んでいたのを二、三回見たと証言している。

しかしながら、右証人らが子供らを見たという時刻には、子供らは、不在であって、右証人らが子供らを見たはずはない。

即ち、上の子は、平成四年四月から保育所に通うようになり、原告花子が毎朝八時半頃自動車に子供らを乗せて保育所に行き、午後四時半頃下の子を車に乗せて保育所に迎えに行き、午後五時頃帰宅していた。

帰宅後は、子供らは外に出ることがなく、夕食まで室内でテレビを見たり、オモチャで遊んでいた。

また、土曜日は、午後一時頃、保育所から帰ってきて、昼食をとり、その後は室内で遊んでいて、外に出ることは全くなかった。原告らの自宅付近は、夏場は、午後三時を過ぎるとやぶ蚊が多くて、外に出られない状態で、冬場は山を控えて大変寒く、外出できる環境ではない。このような次第で、土曜日でも庭以外に外に出るということは全くなかった。

したがって、伊藤証人のいう朝五時から六時に子供らを見たということは、あり得ないものであるし、また、午後三時から四時までの間は、子供らは帰宅していないのであって、外に出て遊んでいる子供らを見たということもあり得ないものである。

しかも、幼児は、原告らの子供らだけでなく、近所に何人もいるのであって、伊藤証人が仮に見たとするならば、他の子供達で、人違いの公算が大である。

また、証人堤千鶴が見たという午前中は、子供らは不在であるから、これまたあり得ないし、他の子供達と見間違えたのではないかと思われる。

なお、休日は、父親の原告太郎もいて、一日中家族の団欒の時を過ごすか、原告らの実家に家族全員で行き、ほとんど一日不在にすることが多く、子供らが付添いなしで外に出るということは全くなかったのである。

以上のとおり伊藤、堤両証人の証言は到底信用できない。

エ しかしながら、いかに厳しいしつけをしていても、幼児の衝動的な行動を抑止できないことは誰もが知るところであり、本件では母親が一瞬目を離した隙に子供らだけで本件池に近付き転落したもので、幼児らのこのような行動を止めることは実際には不可能である。

したがって、日頃の躾に欠けるところがない以上は、原告らに過失はないものというべきであり、右のような状況からして原告らには子供らの監督に欠けるところはなく、過失はなかったものといえる。

オ 仮に、原告らに監督義務に欠けるところがあり、過失相殺は已むなしとされる場合でも、工作物責任の場合にあっては、原告らの過失は、五~一〇パーセント程度であり、一般の不法行為責任にあっては一五~二〇パーセント程度の斟酌が相当であると思料する。

第三  争点についての判断

一  争点1(本件池は農業用溜池と認められるか)について

1 被告側は、その平成七年七月一九日付け準備書面で、初めて、本件池は溜池ではなく、自然の湧水が溜った池であり、土地の工作物には当たらないという主張をするまでは、本件池が農業用溜池であることは認めていたもので、例えば、被告の平成六年七月二一日付け準備書面では、次のような主張をした。

「一、本件溜池は縦四・五米、横三・五米、水深一・四米の規模である。

二、右溜池に柵、蓋などが設置されていなかったことは、土地の工作物の設置、保存の瑕疵にはあたらない。本件溜池の設置されている寄居町一帯は水田の農耕に不可欠な潅漑用水を賄うためには溜池を設ける以外に方法はなく、寄居地区一帯の水田には古くから農業用溜池が設置されており、その数は大小合わせて七六ヶ所に及んでいる。本件溜池は、すぐ下の寄居町大字桜沢堤四〇一八番水田(登記簿上は畑となっている。)六一一平方米に水を供給するため、明治四〇年頃に設置され、本件事件当時まで実際に使用されていたものである。

三、本件溜池は被告所有の畑地内にあるので、柵、蓋等を設ける必要はなく、蓋をすれば農耕用に適する水温が保てず、柵をすればトラクター等の出入りが不能になり、農作業に多大の制肘を受け、作業の能率は大いに阻害されるのである。

四、前述のとおり、寄居地区一帯には大小合せて七六ヶ所の農業用溜池が設置されているが、柵、蓋等の安全設備が設けられている個所は僅か一三ヶ所に過ぎず、残り六三ヶ所の溜池は本件溜池同様安全設備は設けられていない。安全設備の設置をしないことが土地の工作物の瑕疵にあたるか否かの基準は、その時代におけるその地方の平均的な設置水準を考慮して判断しなければならないところ、八割以上の溜池が安全設備を設けていないのだから、本件溜池のみを瑕疵にあたるとすることはできない。」

被告側は、従前の認否と主張は、当時被告の訴訟代理人であった熊木弁護士の勘違いで行われたものであると述べたが、同弁護士が被告本人と相談もせず、その一存で右のような認否、主張をしたとは考えにくく、この認否、主張がされた当時においては、同弁護士のみならず、被告自身も本件池については、被告らの右主張のとおりの認識でいたものと推測される。

2 ところで、仮に本件池が、人工のものではなく、被告側が後に主張するようになったとおり、「本件池の裏(奥)にある山からの地下水が湧水となって地上に流れ出て、土砂を浸蝕して長年の間に池になったもので、それを農業用水として、被告の先々代が利用し出したのが明治四〇年頃」であったというのであれば、明治初年の地租改正のための官民有区分が実施された時期においても、本件池の部分は、自然の池の状態になっていたはずと考えられるところ、官民有区分の基準を定めた明治七年一一月七日太政官布告第一二〇号「地所名称区別改定」(別紙参考資料参照)においては、「山岳丘陵林薮原野河海湖沼池沢溝渠堤塘道路」は、官有地第三種(「地券ヲ発セス地租ヲ課セス区入費ヲ賦セサルヲ法トス」)とすべきものとされていた(なお、「民有ノ用悪水路溜池敷堤敷及井溝敷地」は、明治八年一〇月九日太政官布告第一五四号を以て民有地第三種(「地券ヲ発シテ地租区入費ヲ賦セサルヲ法トス」)に追加された。)のであるから、この池の部分までも含む土地を民有地第一種(「地券ヲ発シ地租ヲ課シ区入費ヲ賦スルヲ法トス」「一 人民各自所有ノ確証アル耕地宅地山林等ヲ云」)としての「畑」(成立について争いのない甲第二号証(登記簿謄本)によれば、この土地は、明治三八年一一月一四日当時から「四千拾八番畑六畝五歩」という一筆の土地として登記簿に表示されていたことが認められる。)と区分したのは不可解ということになってしまうのであって、結局のところ、官民有区分の作業が行われた当時は、本件池の部分を含む四〇一八番の土地全体が、畑であったもので、後にこの土地の一部が本件池となったと推測するのが自然である。

3 そして、右官民有区分後僅かの間に、被告主張のような経過で、自然の湧水による土砂の侵蝕によって本件池にまでなったとは到底考えられないから、本件池は、被告又はその先代ないし先々代によって、当該場所の掘削工事が行われて、農業用の溜池とされたものと推測せざるを得ないものであり、結局のところ、被告側が当初主張していたとおりの経過で設置されたものと考えられる(祖父から本件池は自然にできた池だと言われたという証人坂本宏の証言及び乙第七号証の陳述書の記載は措信できない。)。

4 したがって、本件池は、農業用溜池と認められ、民法七一七条一項の「土地の工作物」に該当すると判断される。

二 争点2(被告の責任)について

1 《証拠略》によれば、本件池は、隣接する道路の通行人が何の抵抗もなく、この池の縁まで歩いていける状態にあり、しかも池の周囲はぬかるみの状態で、冬場は氷も張って、滑りやすく、非常に危険な状態にあったこと及び本件池は、水中に転落した者が岸へ上がるのは大人でも非常に困難な状態にあったことが認められるから、万一このような場所に幼児が親の付添いもないまま遊びに来て、池に近づけば、池への転落の危険性が極めて大きく、転落した以上独力で岸に上がるのは不可能で、助かる見込みはほとんどないと考えられる。

2 前記争いのない事実として記載したとおり、本件池の付近には被告の貸家も含めて多数の人家があり、その中には、当然、本件のように幼児のいる家庭も相当数あったはずであるから、被告としては、幼児が近づけば転落の危険性が極めて大きいと考えられる本件池については、危険防止のため、その周囲に柵や金網を設置するなどの措置を講ずべき立場にあったにもかかわらず、何らの措置も講じないで危険な状態のままにしていたため、本件池に近づいた原告らの子供らが池の縁で足をすべらせて池に転落し、死亡するに至ったのである。

したがって、本件事故は、本件池の「保存ノ瑕疵」(管理の瑕疵)によって発生したと認めるほかないものである。

よって、被告は民法七一七条一項により本件事故による子供ら及び原告らの損害を賠償すべき責任があるものと判断される。

四  争点3(本件事故による損害)及び争点4(過失相殺の主張の当否)について

1 春子の損害

(一) 逸失利益

原告ら主張のとおりの計算方法で二二九七万六五一六円と認めるのが相当と判断される。

(二) 葬儀費用

本件は、一度に二人の子供が死亡した事案で、葬儀も同時に行われたはずであるから、一人当たりの葬儀費用は、通常よりは安く済んだと考えられるので、原告ら主張の額のほぼ七割に当たる八〇万円と認めるのが相当と判断される。

(三) 病院代 一万四六六〇円

いずれも《証拠略》によれば、原告ら主張のとおり、病院代として一万四六六〇円の支払いがなされたものと認められる。

(四) 慰謝料

原告らの各固有の慰謝料も請求されている本件においては、春子の慰謝料としては一七〇〇万円が相当と判断される。

(五) 右(一)ないし(四)の合計 四〇七九万一一七六円(原告らが二分の一ずつ相続)

2 一郎の損害

(一) 逸失利益

生活費控除率は五〇パーセントとし、その他は原告ら主張の計算方法で二四三五万一七四二円と認めるのが相当である。

(二) 葬儀費用

春子の葬儀費用と同様の理由で八〇万円と認めるのが相当と判断される。

(三) 病院代 四万五四九〇円

いずれも《証拠略》によれば、原告ら主張のとおり、病院代として四万五四九〇円の支払いがなされたものと認められる。

(四) 慰謝料

原告らの各固有の慰謝料も請求されている本件においては、一郎の慰謝料としては一七〇〇万円が相当と判断される。

(五) 右(一)ないし(四)の合計 四二一九万七二三二円(原告らが二分の一ずつ相続)

3 原告太郎の固有の慰謝料

原告ら主張のとおり三〇〇万円と認めることとする。

4 原告花子の固有の慰謝料

原告ら主張のとおり三〇〇万円と認めることとする。

5 以上認定の損害額の合計は、八八九八万八四〇八円となる(原告一名分の額は四四四九万四二〇四円)

6 過失相殺

本件事故は、幼い子供らだけで本件池の付近で遊んでいるうち池に転落し、死に至ったというもので、《証拠略》によれば、原告花子は、本件池の危険性については十分認識していて、子供たちだけで外に遊びに行かせるようなことはしないよう心掛けてはいたようであるが、本件事故の際は、僅かに目を離した隙に子供らが外に出てしまい、その行方を探し回ったが、間に合わず、原告花子が本件池に来たときは、子供らは、既に水中に転落していて、水面に浮き上がった子供らを見つけた原告花子が、本件池に飛び込んで助けようとしたが、既に時遅く助けることができなかったということのようであるが、自宅の近くにこうした危険なものがあることを認識していたにもかかわらず、原告花子が幼い子供らだけで本件池の近くに遊びに行ける状態にしてしまったのは、母親として尽くすべき子供らに対する監護義務を怠ったものといわざるを得ず、本件事故については原告側にも過失があったと判断されるものの、本件においては、危険極まりない状態を漫然と放置していた被告の責任は重く、過失割合は、原告、被告各五〇パーセントずつと考えるのが相当と考えられる。

したがって、過失相殺後の損害額は合計四四四九万四二〇四円(原告一名分の額は二二二四万七一〇二円)となる。

7 弁護士費用

本件事故による損害賠償として被告に負担させるべき弁護士費用としては、右6に記載の過失相殺後の損害額の一割に相当する四四四万九四二〇円(原告一名分の額は二二二万四七一〇円)とするのが相当と判断される。

8 したがって、被告に賠償させるべき弁護士費用を含む損害額の合計額は四八九四万三六二四円(原告一名分の額は二四四七万一八一二円)となる。

第四  結論

よって、原告らの各請求は、それぞれ金二四四七万一八一二円ずつ及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める部分については理由があるから、その限度で認容することとするが、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 遠藤きみ)

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